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10年前の道具は価値がゼロか? 2009年08月31日 お仕事 コメント:0


実は、今は物書き、出版ディレクターのような仕事をしていますが、その昔はミュージシャンを目指していたわけで、音楽で飯を食おう!と本気で切磋琢磨していました。
周りの反応からすれば、ある程度のところまでは階段を上がっていったように思うんですが、プロの壁というやつはかなり高くて、飯を食うには至らなかったわけです。

で、今もたまーに曲を書いたり、歌詞をちょこちょこメモしてみたりするわけですが、若かりし頃にこーいう楽器があるといいなぁとか、こういう機材欲しいなぁと思っていたものを、久しぶりに手にとってみると、4、5年経過しただけで、その価格が10分の1以下に落ちてしまっているのに驚くわけです。

楽器なんて、そんな劇的に何かが変わるわけではないので、価値がそんなに落ちてしまってどーするんだと思うのですが、そこはデジタル楽器だから、という理由があるわけです。
アナログの、それこそ手作り楽器のようなものは、10年経っても価値が変わらないものが多い。むしろ味わいとか、オーラとか、コスモとか、セブンセンシズとか、守護霊とか、よくわからないけどいろいんな価値が加わって、逆に高価になったりします。

僕が、ひさしぶりに手にとったヤマハのシンセサイザーやシーケンサーは、ほんの少し前までは14、15万円くらいで売られていて、誰もがほしがったはずなのに、今じゃあ1万円も出せばヤフオクなどで手に入れられます。
道具として劇的に不足した部分が出たわけでもなく、この楽器で作った音楽がチープなはずもなく。


デジタル楽器と同様にデジカメもそうですね。
デジカメなんてものは、もっと価値の下落が早い。1年もすると価値は半分以下。目減りの度合いが低く、価値を維持しているデジカメなんて、1つか2つくらいじゃないでしょうか。

30万画素時代から100万画素時代になったときは、確かにびっくりするくらいの画質の差を感じましたが、ここ2、3年は数字を言われなければ、そんなに差なんて感じないくらいの画作りがデジカメにもできるようになりました。
なら、価値の下落はもっと穏やかでもいいのになぁと思ってしまいます。


価値のないものは残らない。鉄くず同然。とすれば・・・。
デジタルな文化って、きっと100年後には空白の時代になっていたりするんでしょうね。


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