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ヨハネの黙示録が黙示したもの 2011年04月16日 未分類 コメント:0


 さて、七つのラッパを持っている七人の天使たちが、ラッパを吹く用意をした。
 第一の天使がラッパを吹いた。すると、血の混じった雹(ひょう)と火とが生じ、地上に投げ入れられた。地上の三分の一が焼け、木々の三分の一が焼け、すべての青草も焼けてしまった。
 第二の天使がラッパを吹いた。すると、火で燃えている大きな山のようなものが、海に投げ入れられた。海の三分の一が血に変わり、また、被造物で海に住む生き物の三分の一は死に、船という船の三分の一が壊された。
 第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃えている大きな星が、天から落ちて来て、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの人が死んだ。
 第四の天使がラッパを吹いた。すると、太陽の三分の一、月の三分の一、星という星の三分の一が損なわれたので、それぞれ三分の一が暗くなって、昼はその光の三分の一を失い、夜も同じようになった。
 また、見ていると、一羽の鷲が空高く飛びながら、大声でこう言うのが聞こえた。「不幸だ、不幸だ、不幸だ、地上に住む者たち。なお三人の天使が吹こうとしているラッパの響きゆえに。」
 第五の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上へ落ちて来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上がり、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。そして、煙の中から、いなごの群が地上へ出てきた。このいなごには、地に住むさそりが持っているような力が与えられた。いなごは、地の草やどんな青物も、またどんな木も損なってはならないが、ただ、額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい、と言い渡された。殺してはいけないが、五か月の間、苦しめることは許されたのである。いなごが与える苦痛は、さそりが人を刺したときの苦痛のようであった。この人々は、その期間、死にたいと思っても死ぬことができず、切に死を望んでも、死の方が逃げていく。
(ヨハネの黙示録9・1-6)
(「新共同訳 新約聖書」より)

 聖書を手にとって真面目に読み始めたのは、2011年3月11日に起きた震災後です。といっても、キリスト者になったのかといえば、洗礼を受けたわけではなく、この世界観を覗いてみたくなり、まずは聖書を手に取ろうと思ったというのが正しいところです。

 新約聖書を読んでいると、その中に、「ヨハネの黙示録」という項目がでてきます。トンデモなオカルト系の雑誌などだと、単に「予言だ」と騒ぎ立てる記事もでてきそうですが、見た目だけの表現に留まらないのが聖書の奥深いところと感じています。

 上の引用部分を見てもわかりますが、直接的に地震のことを警告しているようにも思いますが、どちらかといえば、たとえば「いなご」という存在は、その後の原発事故に起因する、人のもつ不安、恐怖心などの伝播を言っているようにも感じますし、そのものずばり「放射線」のことについて書いているようにも、読み取れます。
 何十年と聖書を学んでいる人にとってみれば、また違う見方があるのでしょうけれど、いずれにしても、こうしたことを読み、知識として蓄え、また教訓として行いを改めることができるなら、少なくとも不条理な行いで多くの人々を悩ませたり、不幸にすることはなくなるかもしれない、と感じています。


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